Ryotaの教育勅語)

僕が自分の好きなことをして生きようと思ったきっかけは愛する母が亡くなったから

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どーも、Ryotaです。(@RyotasannNo) 

 

突然ですが僕はこの世界に絶望していました。

今では「好きなことやって死のう!」とか豪語していますが、過去の僕はそんな人間ではありませんでした。

 

何もかもどうでもいいと思っていました。

いつ死んでもいいし、この世界に期待なんてしていませんでした。

 

僕は明るい人だとよく言われることがありました。

 

それは見せかけでそうすることが正しいと思っていたので明るい人の演技をしていたのです。

明るい振りをするだけなら誰だってできますよ。

 

僕は心の底から笑うことがありませんでした。

かなり重い話をしますが、今日伝えることが僕が変わったきっかけです。

 

ある程度のことなら大抵のことはできたし、誰かが前に進めなくて、つまづく理由も分からなかったし、考えようともしませんでした。

 

人に頼ることができない環境だったから、人に頼るという選択肢がそもそもなかったんですよね。

 

実際には自分でそう思い込んでいただけで頼ろうと思えばいくらでも頼ることができたんだけどね。

 

映画やドラマの感動場面を見ても僕は泣くことがありませんでした。

あんなもの作られたドラマの世界に過ぎない。

そう感じる僕がいました。

 

僕の身と心は冷め切っていました。

 

でも僕は人としての感情を取り戻すことができました。

そして自分の好きなように生きていきたいと決心するのでした。

 

そのきっかけは僕が人生で一番尊敬している母の死です。

 

 

友達の為に怒る友達の気持ちがわからなかった

自分が何かされたわけではないのになんで怒るの?と僕は思っていました。

 

友達の為に怒る友達の行為の意味が全く分かりませんでした。

 

自分の問題は自分で解決させればいい。

どうせいざという時は裏切るんだろうなと思っていました。

 

だから僕は友達の為に怒ったことなんて一切なかったし、怒ること自体が体力の無駄だと本気で思っていました。

 

僕が15歳の時、姉の子どもが産まれた

話は変わりますが、僕の昔話をしたいと思います。

 

僕には1つ上の姉がいます。

僕が中3、姉が高1の時に姉の子どもが突然産まれたのです。

 

僕と姉は親の都合で、別々に暮らしていました。

突然姉が子どもを産んだことを知ったので僕は動揺しました。

 

僕は自分が知らないところで急に叔父になりました。

 

そりゃびっくりですよね。

 

そして、姉が実家に帰ってきて、僕は受験勉強をしながら姪の面倒を見ていました。

 

姉も資格を取るために高校に通いながらの子育てをしていました。

 

姉が家にいない間に子どもの面倒を見るのは母の役目でした。

 

そして、夜になると母は仕事に行く。

こんな毎日の繰り返しでした。

 

僕は両親が大変なことを知っていたので頼ることができなかった。

だからある程度のことであれば、自力で解決するようになりました。

そして自分で解決できていたから頼ることはカッコ悪いと思うようになるのでした。

 

高校でアルバイトを始めた

僕は高校でサッカーをしていましたが、面白くなかったので辞めました。

 やることもなくだらだらとした日常を過ごしていたのでアルバイトを始めました。

 

そして自分で働いて稼いだお金を毎月家の生活費に入れていました。

 

これが自分が家庭にできる精一杯の手伝いだと思って働いていました。

 

高校のうちに自動車免許を取るという目標があったので貯金をしながら家にお金を入れていました。

 

僕は高校3年の段階で60万円ほど貯めることに成功しました。

 

でも結果僕はそのお金を自分の大学の入学費と授業料に全て使いました。

結局は自分の為に使ったのですが、僕の周りでは自分で学費や入学費を払っていたのが一人しかいなかったのでとてもうらやましく思っていました。

 

僕の家にはお金がなかった。 

姪も産まれたし、姉の家庭か不安定だったので両親が姉の家庭にお金を入れていたのです。

 

だから僕が自分で働いて稼ぐしかなかった。

 

それでも僕は幸せでした。

母の喜ぶ顔が見れたし、父も頑張ってくれているし、姉も姪も皆好きでした。

 

だがその一方で自分は誰にも頼ってはいけないという思いが徐々に強くなっていったんですよね。

 

僕の母が突然癌になった

最初母が癌だと言われた時は僕は何が何だか分かっていませんでした。

姉も旦那と結婚し、順調に事が運んでいると信じていました。

 

幸せな家庭になろうとしている矢先に一番体を張ってくれている母にあんなひどい仕打ちが待っているとは思いませんでした。

僕は神様を本気で恨みました。なんで母なんだ。意味が分からなかったです。

 

原因は何かは分からないですが、突然癌になってしまったのです。

入院して手術を受けることになります。

 

でも肝心の手術の費用がない。

どうするってなった時に僕は決意しました。

 

「長期休みを全て削ってお金稼ぎをしよう」

 

 

そして絶対やることはないと思っていた現場仕事をやることになりました。

モノを運ぶ荷揚げ屋さんで働くことが決定しました。

 

母の手術費用を稼ぐ為に力仕事もした

長期休みを全て使って、母の手術費用を稼ぐ為に現場仕事をしました。

 

朝から現場仕事をして夜はアルバイトをしていたので遊ぶ暇なんてほとんどありませんでした。

 

力仕事なんてしたことありませんでした。

重くてしんどいし、上下関係きついし、タバコ臭いの嫌だし本当に逃げ出したかった。

 

でも母の手術費用を稼ぐ為に必死で働きました。

 

そして僕はある鉄骨に指を挟み、指を折ってしまうのです。

 

でもその痛みも無視してずっと働き続けました。

病院に行けばドクターストップが掛かることは分かっていたのであえて行きませんでした。

そんなことより手術費用を稼ぐことしか頭にありませんでした。

 

そのおかげで僕の左の薬指は曲がったままです。

 

長期休みを全て潰して稼ぐことで母の手術を行うことができました。

 

手術は成功したが、徐々に母の体を蝕む病

入退院を繰り返しているうちに母の体力が持たなくなってきていました。

そして、最終的に癌からの多機能不全で亡くなってしまったのです。

 

本当に亡くなるなんて思っていませんでした。

 

僕は何かと理由を付けてお見舞いに行くことを拒んでいました。

 

それは母の弱った姿を見たくなかったから。

いつまでも笑顔が素敵で優しい母のままでいてほしかったからです。

 

今思うと本当に自分がカッコ悪いと思うし、心の底から後悔しています。

 

「もっと会いに行っていたらよかった。」

「母に甘えておけばよかった。」

 

命日が近づくとこんなことばかり思っちゃうんですよ。

 

僕は本当に弱い。

 

頭の中では分かっているんですよ。

失ったものは返ってこないって。

でも心がそれに追いついてこない。

 

僕を変えたきっかけは母の死

あの日ほど泣いた日はなかった。

人目もはばからず声を大にして泣きに泣きまくった。

動揺しすぎて過呼吸にもなりました。

次の日に泣きすぎて目が腫れていましたからね。笑

 

母の死が過去の僕を180度変えたのです。

 

人はいつ死ぬか分からないということを母から教えてもらいました。 

更に、人目もはばからず泣いたことがきっかけなのかは分からないですが、僕は感情を取り戻しました。

 

あの日からほんの些細なことでも感動するようになりました。

家族もののテレビやドラマではほぼ100%の確率で泣いてしまいますからね。

 

友達が友達の為に怒る意味も分かりました。

自分の大切な人が傷付けられてるんだもん。

そりゃ怒るに決まってますよね。

 

いつか裏切られるかもしれないけど、自分が信じたのなら裏切られても良いやって思うようになりました。

 

僕は友達に弱みを見せるようになり、今では心の底から笑うこともできています。

 

そして、やりたいことをやって死にたいと心の底から思うようになりました。

 

だから僕は今やりたいようにやってます。

ブログを書いているのもやりたいから。

 

動機は不純でも行動さえ伴えば何だっていい。

 

「モテたい」「お金持ちになりたい」

本当に何だっていい。

 

やりたいからやるんだ。

死ぬ前に後悔しない前にね。

 

母はもういないけど、僕は周りの人のおかげでなんとかやっていけそうです。

 

これからも僕が一番の尊敬するのは自分を一番愛してくれた母です。

それと同時に父のことも尊敬しています。

僕はこの家庭で生まれ育って本当に良かった。

こう感じさせてもらえるのもこの家庭で育ったからですからね。

 

最後に母が僕に口酸っぱくして言われていたことで締めたいと思います。

当時は意味が分かりませんでしたが、今ならその意味が身にしみて分かります。

  

「自分が信じた道を進みなさい。そうすれば協力してくれる人も出てくるし、あんたが思っているより世の中捨てたもんじゃないよ。」

 

 

それでは今回はこの辺で。