Ryotaの教育勅語)

僕が学校の教員にならなかった本当の理由を公開する


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僕は学校の教員になるために教育学部のある大学に進学しました。

 

今は教員にならず、一般企業に就職、転職を経て、ブログを書いて情報発信をしています。

 

今回は僕がなぜ学校の教員にならずに一般企業に就職することに決めたのかをお話します。

 

 

 

 

学校の教員になろうと思ったきっかけは子どもが好きだから

僕は子どもが大好きなんです。だからといってロリコンではありません。

 

ただそれだけの理由で教員を目指していました。

 

でも好きという理由だけでやっていくことは難しいと感じたのが事実。

 

子どもの成長過程に携わることになるので、教員の責任は重大。

 

僕は小学校の教員になるつもりだったから、6年間という貴重な時間に携わろうとしていました。

 

この6年という期間は、子どもたちの発達期に大きな影響を与えます。

 

好きという理由だけで、そこまでの責任を背負うのは違うなと思ったのも事実。

 

それなら自分の子どもに全力を注ぎたいと思ってしまったんですよね。

 

自分の子どもに対して、全力を注げるような環境を、まずは作らなくてはいけないと強く感じたのです。

 

学校教育は生産性があまりにも低い

学校は学びの場として、生産性が低いと僕は感じています。

 

集団行動などを学ぶ機会としてはいいのかもしれません。

 

よく考えてみて下さい。

 

学校で行われる授業は、全員が同じスピードで進められています。

理解度は人によって違うはずなのに、なぜ同じスピードなんでしょうか??

 

僕は高校時代に英語が好きだったので、授業中に今学習している単元よりも、はるかに先の単元を勉強してたんですよ。

 

それに気づいた教師が僕にこう言いました。

 

「そこはまだ教えていないので今教えているところをきちんと学んでください。」

 

「なぜ理解しているところを勉強しなければいけないのか??理解度は人によって変わるはずなのに・・・」なんてことを思いました。

 

資質を伸ばしてあげる側の教員が、制限を設けるのはおかしいと思いませんか?

 

本来なら先に進んでいる生徒を褒めるべきです。

 

大人が勝手に制限を設けるから子どもたちは「これはやってはいけない」と考えるようになってしまうわけ。

 

輪を乱すことはいけないことと考える子どもの出来上がり。

 

人によって理解度が変わることは当たり前なのに、学校教育は生産性が極めて低いなと感じてしまいました。

 

おそらく時間を有効活用できているのは、授業を学んで理解している生徒だけではないでしょうか。

 

理解していない、とっくに理解している人からすれば、授業の生産性はかなり低い。

 

学校は紙や鉛筆しかなかった時代の勉強方法を、未だにやり続けています。

 

今はインターネットの登場により学習手段が、大幅に変わろうとしています。

 

今後、学校以外の学びの場がどんどん出てきて、学校が不必要だと感じる子どもや親が出てくるという可能性は非常に高いということを、これから教員になる人は知っておいた方がいい。

 

学校では学ぶことは一生続くということがわかればOK

勉強がつまらないという理由で、学ぶこと自体が嫌いになってしまうという可能性は非常に高い。

 

でも、生きていく上で学ぶことは不可欠ですよね?

 

仕事をするにしても新しいことを勉強する必要がありますよね?

やり方も時代によって変化するので、それに適応する必要があります。

 

学ぶことを放棄した人間は、やがて淘汰されていき、搾取される側に回ってしまうのです。

 

これは脅しではなく、紛れもなく事実です。

 

学校で「知らないことを知ることは楽しい」ということが理解できれば、今後学ぶことが苦にならないでしょう。

 

しかし、学びは楽しいものでなければ、続かない。

学校では決められたカリキュラムを進めるだけなので、どうしても得手不得手が出てきてしまいます。 

 

今学んでいることが、全く役に立たないとは言えないですが、他に熱中できるものがあるのであれば、無理に学校に行く必要がないんじゃないかなと僕は思っています。 

 

知識を持つことも重要だけど調べられる力が大切

知識を持つことは当然ですが必要です。

 

知らないよりも知っていた方が断然いいに決まっているので、学力はあればあるだけいい。

 

でもそれ以上に必要なことは自分が疑問に思ったことを調べられるかどうか。

 

検索力。言い換えればググる力ですね。

 

現在インターネットを使えば、誰でも簡単に情報を得ることができる時代。

 

今は知識がなくても調べることさえできれば、知識を付けることができるのです。

 

人間は忘れてしまう生き物なので、インターネットを非常に重宝しています。

 

忘れても調べられるかどうか。

 

自分が知りたい答えにたどり着くまでに、どれだけ時間を掛けずにたどり着けるかが今後重要になってきます。

 

学校で検索力を付けさせる必要があると僕は感じています。

 

でも学校では、紙や鉛筆を使った学習がまだまだ主流。

 

はっきり言って今の時代にあった学習方法ではない。

 

時代に適応するスピードがあまりにも遅すぎるんですよね。

 

今後どう変わっていくか期待したいところですが、変わっていくのはまだまだ先の話。

 

その間に時代が変わっているかもしれないので、あまり期待しない方が良いかもしれない。

 

教育実習を経て更に決意は固まった

教育実習で実際に授業もさせて頂き、素人がする授業は、本当に下手くそだと身を持って実感することができました。

 

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教育実習は本当に辛い!本気で教員になろうと思う人以外は絶対やめとけ

 

教師は文科省に与えられた教育指導要領を元に授業を作る必要があります。

 

身に付けさせたい能力も全て決まっているんですよね。

 

全員がある程度同じ能力を身に付くように、授業が進められるのです。

 

子どもによって身に付けたいと思う能力は違うにも関わらず、全員が同じ能力を身に付ける必要があるわけ。

 

個性を殺してしまう可能性が十分あるので、非常に危険な取り組みだと感じました。

 

そして教師は子どもに力を注ぐだけでなく、事務作業をしなければいけない。

 

テストや宿題の〇付けをしたり、学級だよりを作ったりと肝心の授業に捧げる時間は事務作業が終わった後。

 

こんな生活を続けると考えると自分の身が持たないと思ってしまいました。

だからこそ僕は教員を続けている人を本気で尊敬しています。

 

非常に雑務が多い中で授業案を練ったり、教室の飾りつけをしたりとしているからです。

僕にはとてもじゃないけど好きという理由だけでここまでの時間を割くことができない。

そして僕は教師にならないということを改めて決意しました。

 

まとめ

・学校教育は生産性が低い

・変化に適応するスピードが極めて低い

・学校教員は雑務が多すぎる

・子供が好きという理由だけではやっていけない

 

上記に挙げたのが、僕が教師にならなかった理由。

 

だからといって教育に携わることを諦めたわけではありません。

 

僕は教師とは違った形で教育に携わっていこうと思っています。

 

教師にならなくても、教育に携わることは可能だということを、たくさんの方から教えてもらったので、今後も教育に携わることができるよう色んな事に挑戦していく。

 

あなたは教員になろうと考え、この記事を読んでくれているのかもしれない。

 

もし、教員になるのであれば、子どもたちにとっていい教師になってほしい。

 

大人ってすげえかっこいいんだぜってことを子どもたちに伝えてあげてくださいね。

 

教員を目指そうかと悩んでいる人は相談にも乗るので、ぜひこのLINE@に登録してみてください。

 

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それでは今回はこの辺で。

 

 

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