Ryotaの教育勅語)

【書評】堀江貴文『すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論』を読んだ

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どーも、Ryotaです。 (@RyotasannNo) 

 

堀江貴文さんの【すべての教育は「洗脳」である】を読んでみたのですが、共感するところがたくさんありました。

 

 

まず、本のタイトルからしてやばそうなニオイしかしないですよね。

 

堀江さんは、実は学校教育にまったく興味はなかったみたいですね。

 

でも、あまりにも人間の行動力が低いので、その原因を探っていくと、教育に問題があるという結論に至り、今回この本を書くことになったそうです。

 

何が原因で、人間は行動にブレーキを掛けてしまっているのか。

 

そのブレーキの外し方が本書には書かれているので、教育に関する人だけでなく、学生にも読んで頂きたい著書ですね。

 

それでは、著書の目次順に解説していきたいと思います。

 

 

 

 

学校教育は「洗脳機関」である

第一章では、本タイトルである「教育は洗脳」について触れています。

 

まず学校ができた理由は、産業革命で、工場の働き手が減り、人数が欲しかったため、マニュアル通り働いてくれる人材を育てるという名目で、学校教育が始まりました。

 

工場では、人手が足りないが、言うことを聞けない、仕事ができない人間は要らないのです。

 

そんな人間を雇っても、生産性が低くなってしまいますからね。

 

そして、その基準を設けるために、読み書き、そろばんが導入されたとのこと。

 

学校で学ぶことは、工場で働くための能力を付けるための勉強や、全体行動、時間割の厳守、常識を植え付けられることです。

 

そして、その評価は先生からの一方的な評価をされてしまいます。

 

企業でイメージすれば、社長=教師なのです。

 

こういった理由から教師の言うことを聞けない生徒は要らないのです。

 

規格をはみ出さない人間を、子どものうちから教育してしまおうというのが、学校教育の本当の目的で、この教育法は現代でも引き続き行われいます。

 

未だに日本では、いい大学に行って、大企業に行くことが、正しい常識だと思っている人が、たくさんいるのは、これが原因なのでしょう。

 

G人材とL人材

著者はこれから人は二つの人材に分かれると著書で仰っています。

 

それがG人材とL人材です。

 

Gは「グローバル」で、Lは「ローカル」を意味します。

 

著者によると考え方によっては、どちらにもうまみがあるとのことです

 

あなたの幸せな生き方を追求した結果がどちらかになるとのことです。

 

大事にすべきなのは、あなたがどう生きたいかですね。

 

家を持たず、世界中を飛び回る著者は完全にG人材だと仰っています。

 

彼はスマホ一台で必要な時に必要なモノを頼んでいます。

 

だから、あえて家もモノも持たない生活をしています。

 

L人材は基本的に地元から離れず、フットワークが重く、変化を嫌う傾向が強いらしい。

 

全員がそうかといえばそうでもない。

 

新しいL人材といえばプロブロガーのイケダハヤトさんがそうでしょう。

 

高知の田舎で地域おこしを自ら率先して行っています。

 

フットワークも軽いし、高知を拠点としながら、日本各地様々な所に、足を運んでいる様子をTwitterでよく見掛けます。

 

学びとは「没頭」である

彼は、学びとは没頭であるとこの章で何度も記載しています。

 

脇目もふらずに没頭し、がむしゃらに取り組める体験のすべてが「学び」だと僕は思っている。

 

彼は成功例をいくつか挙げながら、没頭が重要だと語っています。

 

勉強と学びは同じようで違う。

 

前者はあくまで受動的な行為であって、学校のカリキュラムに沿って教師の話を聞いたり、計算ドリルを解くことにあたります。

 

ここには正解まで導いてくれる大人の存在が不可欠です

 

与えられた課題をこなし、正解に導かれるのが、勉強です。

 

後者は常に能動的であって、未知の領域に足を踏み込み、新しい体験や考え方を自ら率先して味わうことです。

 

学びには正解がなく導いてくれる大人も必要がない。

 

すべてを自分で切り拓いていく営みなのです。

 

学びは、能動的に行われるものなので、好きなものでないと没頭できない。

 

時間を忘れるぐらい没頭するからこそ、学びが濃くなっていく。

 

三つの「タグ」で自分の価値を上げよ!

この章では、自己ブランディングについて書かれています。

 

タグとはTwitterなどのSNSで、よく見掛けるハッシュタグのことです。

 

1つの性質ではなく、3つの性質を掛け合わせることで、勝負していくということです。

 

そして、タグを掛け合わせることで、「レア人材」になっていく。

 

著書で紹介されている人物は、厚切りジェイソンさんと女子高生社長の椎木里佳さんです。

 

厚切りジェイソンさんは「IT企業役員」、「在日外国人」、「お笑いタレント」という3つのタグを備えている人材です。

 

上京してわずか4か月で、「R-1グランプリ」のファイナリストまで上り詰めた男です。

 

彼は3つのタグを掛け合わせることで、大衆に大うけするお笑い芸人になったのです。

 

椎木里佳さんは「起業」、「女子高生」、「社長二世」という3つのタグを備えている人材です。

 

彼女は、父が社長で女子高生の時に起業しました。

 

これだけで世間に残すインパクトは凄まじい。

 

何をやっているか知っている人は少ないですが、父を社長に持つ「現役女子高生社長」という極めてレアな人材になることに成功しました。

 

1つのタグでは、「レア人材」になるのは難しいですが、3つのタグを掛け合わせることで、「レア人材」になることができる可能性は高いのかもしれない。

 

会社はいますぐ辞められる

著者は会社も学校と同様洗脳機関だと述べています。

 

会社は戦前の工場的な考えを引き継いでいます。

 

「こうでなければならない。」という固定概念はいつまでたっても壊されない。

 

著者は企業に属すメリットはないと別の著書でも何度も言っています。

 

脱・学校をしたとしても、洗脳機関である会社に縛られていては、いつまでたっても洗脳から解き放たれることはない。

 

やりたくないことはやらなくていい。

 

遊びを仕事にし、仕事を遊び倒す人生。

 

遊びが仕事になる。仕事が遊びになる。

 

著者はそれを率先して実行してきた。

 

彼が手掛けてきた事業はそういうものばかりだそうです。

 

これからは遊びが仕事になっていくのかもしれない。

 

僕も遊びを仕事に発展させ、もっと人生を楽しんでいこうと思います。

 

感想

この著書を読めば、いかに僕たちが学校に洗脳されているかが分かります。

 

そして、会社で働くことも洗脳だということも分かります。

 

でも、僕はどうせ人間はどこかに洗脳されるんだと思っています。

 

それならどこに洗脳されたいかをきちんと決めるべきです。

 

僕は会社や学校には洗脳されたくない。

 

どうせ洗脳されるのであれば、人生を主体的に楽しんでいる、そんな人たちに洗脳されていきたい。

 

 

 

 

それでは今回はこの辺で。